宝石エッセイ入選作品 2021年11月末締切り分

★★★ 2021年11月末締切り分 ★★★
宝石エッセイ募集の入選作品を発表します

いつもたくさんのご応募、誠にありがとうございます。
とうとう、この宝石エッセイの募集も13回目となりました。
いつも貴重なエピソードを、誠にありがとうございます。
ご寄稿いただいたエピソードはスタッフ一同で、全て拝読しております。
笑いあり、涙あり、さまざまな唯一無二のエピソードの中から、最優秀賞、優秀賞、入賞の作品をあえて選び出さなくてはいけない作業は、毎度とても難しく、非常に心苦しく感じます。
そんな中、今回は9作品を選ばせていただきました。
ここに、最優秀賞、優秀賞、入賞作品として発表させていただきます。

◆総評

最優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「娘がくれたブレスレット」は、娘様のお母様にブレスレットを渡すまでのワクワクした気持ちが手に取るように伝わってきて、“本物の宝石”を上回る“本物の愛”を強く感じられる作品でした。例えばそれがプラスチックでも、ガラスでも、今回のようなカラフルなビーズであっても、それは幼い少年少女の気持ちを捉えて離さいないのは今も昔も同じ。そしてそれを、「お母さん、大好き!」の気持ちに昇華させる子供たちのプレゼントは、本当に何物にも代えがたい一生の宝物だなと、しみじみと幸せな気持ちになりました。

優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「愛の結晶」は、内容はもとより文章の流れがとても見事だったと思います。小箱から出てきたエメラルドのリング、それが最初の方では来歴が語られず、想像力を掻き立てられました。そしてその後、旦那様からのプレゼントだと分かった後も、劇的な何かの出来事があるわけではありません。でも静かに生き進める中で、満を持して今、この時だからこそ、その存在を改めて見直されたのだとかみしめる思いがしました。「家でのんびり過ごす時に付け、夫に見てもらうのも良いかも知れない。」この部分がとても良いです。お出かけの時だけではなく、いつでもそっとさりげなく輝かせていてほしいなと思いました。

今回は、上記の他に入選作品を7作品選ばせていただきました。
13回目の宝石エッセイの募集ということでしたが、10人10色、この度もかなりのバラエティーに富んだ沢山のエピソードをいただき、とても読みごたえがありました。「宝石」や「ジュエリー」というとても小さなアイテムに、ギュッと凝縮された持ち主の人生や贈られた方のたくさんの想いが、この度も様々に感じられました。
1回目から13回目まで通してみると、意外なことに女性の方と男性の方のご応募は等しく半々くらいの割合でいただいております。身につけるという部分では、日本ではまだ女性が主流の宝石ですが、その“物”に対する「想い」は、男性にも等しく重要なものであるのだと、改めて実感いたしました。

この度も数多くのご応募、本当にありがとうございました。
選出できなかった方々のエピソードも、それぞれ優劣付けがたく、その中で上記の賞を設けましたこと、どうかご容赦ください。

当店では今後もこうした募集をおこなってゆきたいと考えております。
次回募集の詳細は下記のページに掲載させて頂きます。

https://www.favorite-stone.jp/compe/

今後も皆様の宝石やジュエリーに対する想いや思い出に触れられますことを、楽しみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします。

フェイバリットストーン 店長 内山美緒

入選作品

最優秀賞

娘がくれたブレスレット(ピジョンブラッド 様・富山県・48歳・女性・主婦)

カラフルで大きなビーズが連なるブレスレットがある。小さな女の子が、一生懸命に紐を通した情景が浮かび上がる。これは、娘が初めて私にプレゼントしてくれた「宝石」だ。
娘が小学一年生の頃の話だ。児童館に遊びに行っていた娘が、帰宅早々、「お母さん!200円ちょうだい!」と要求してきた。
「何に使うの?」
「来月、児童館で工作教室があるの!ブレスレットを作るから、参加したい人は材料費として、二百円を申込用紙と一緒に出して下さいだって。行ってもいいでしょ?」
もちろんいいよと答えると、娘は満足そうに頷いた。
翌月、工作教室を終えて、台所に駆け込んできた娘は、「お母さん!これ、プレゼント!」私の掌にギュッと小さな紙袋を押し込んだ。そのまま、照れ臭いのか、自分の部屋にパタパタと駆け込んだ。なんだろう、と袋を開けると、カラフルなビーズのブレスレットとメモ用紙が入っていた。「お母さん、いつもありがとう。一生懸命作ったから、使ってね。」
あぁ。娘は最初から、工作教室の作品を、私にプレゼントしてくれるつもりだったんだ。レデイ気取りで、食玩のおまけのネックレスやイヤリングをつけて、プリンセスごっこをするのが好きな娘のことだ。ほんとは、このブレスレットも自分のものにしたかったろうに。もちろん、ありがたく受け取った。ちょっと、腕に嵌めるには難しいので、携帯のストラップにつけた。本来の目的とは違う形だけれど、毎日、身近で眺めていられるから、これでいい。「かわいいでしょ、これ。私がお母さんに作ってあげたんだよねー。」と、娘が折に触れて、自慢げに鼻をうごめかすのが微笑ましかった。
そんな娘も今や15歳。華やかな反抗期盛りだ。でも、知っている。この子、私が本当にツラいときは、絶対に1歩引いてくれる。黙って、私を包み込んでくれる。きらめくビーズブレスレットを贈ってくれた頃と、何も変わっていないのだ。

優秀賞

愛の結晶 (有馬 久美子 様・北海道・66歳・女性・無職)

実印を使用後、いつもの秘密の小箱に戻した。ふと、小箱の中の指輪に目が留まった。久々に指に嵌めてみようと思った。今春、ダイエットで5キロ減量に成功したからだ。数年前、嵌めようとしたら、指が太くて嵌まらなかった。しかし今なら、指も痩せ、きっと大丈夫だ。絶妙なバランスの長方体にカットされたエメラルド。私の誕生石だ。スッキリとしたシルバーの台座も美しく調和している。25年前、シンプルで上品なデザインに一目惚れした。今もやはり特別のお気に入りだ。右手の薬指をまっすぐに伸ばす。指輪をすべらせる。アレレッ?!やっぱりダメか…。5キロ減量後も、崩れた体型は昔のようには戻らなかった。同様に、いったん節くれ立った関節は、元には戻らないのか…。落胆しつつ、高貴に澄み切ったグリーンを見つめていると、25年前、気前よくポンと買ってくれた夫の優しさがじわっと染みてくる。
25年前、2月に知り合い、5月に一緒に暮らし始め、10月に入籍した。その慌ただしい中、夫はこれを買ってくれた。翌年の6月には、ハネムーンベビーが誕生。その後は初めての育児に必死で、この指輪を振り向く余裕は殆どなかった。しかし昨春、その息子も巣立って行った。今は、静かな2人暮らし。これを機に、サイズを直し、愛用しようかな?落ち着いた深いグリーンは、25年前の私より、今の私をこそ引き立ててくれるだろう。コロナ禍のため、お出かけの機会は減ったけれど、家でのんびり過ごす時に付け、夫に見てもらうのも良いかも知れない。美しい石を見つめていると、ふと、「愛の結晶」という言葉が浮かんで来た。夫と共に乗り越えて来た4半世紀が、このエメラルドに凝縮し、2人の歳月を象徴しているかのようだ。晩婚の私たちは、金婚式を迎えられるかどうか、分からない。しかし、これからも夫と2人、手を取り合って、楽しく生きて行こう。美しい指輪を見つめながら、改めて心に誓った。      

入選

祖母の真珠(ペコ 様・東京都・42歳・男性・会社員)

今から30年以上前のお話。僕は小学生だった。
祖母が持っていた真珠という宝石に、僕はすっかり魅了されてしまったのだった。
惹かれたのは、真珠が持つ本来の輝きはもちろんだが、
それ以上に、真珠が生まれてくる成り立ちの話を聞いたからだ。

祖母が言うには、生きた貝の中に、小石や砂が入ると、
貝はその異物を何十年もかけて、溶かしながら丸く丸くしてゆくという。
祖母の指先で、白く煌びやかに鎮座するその丸い玉が、
まさにその異物だったモノだと言うではないか…。
僕は驚いた!実に不思議な話だと思った。

それから暇を見つけては、祖母に真珠を見せてもらい、じっくりと観察する日々が始まる。
深い深い海の底で、貝がゆっくりと美味しそうに
飴玉みたいな石を舐めている姿が目に浮かぶのだった…。

あれから30年、僕も父になった。
8歳と5歳、小学生の姉妹がいる。
先日の晩飯に、シジミの味噌汁が出たことがきっかけで、
僕は、小学生の時に感じた、その不思議な話を聞かせたのだ。
2人は目を輝かせていた。

その夜、2人が内緒の話をしているのを僕は盗み聞きしてしまう。

「スーパーで売っている貝で、うまくいくと思う?」
「大きい石ならおトクじゃない?」
「最後ママにプレゼントするとき、ちゃんと取り出せる?」
「私がやる!」

当時の僕は、眺めるだけだった。
君たちはすごい!
真珠を作る気でいるんだね。

入選

馬の目は優しかったけど(森 好子 様・愛知県・77歳・女性・無職)

私の趣味は馬に乗って草原や海岸を駆ける事だ。40歳を過ぎてからこの面白さに目覚め夢中になった。風を切って馬を走らせると心のモヤモヤが全部吹っ飛んだ。

やがて一人娘を他家へ嫁がせ、夫婦二人の暮らしが始まったが、穏やかな生活は長くは続かなかった。夫が脳梗塞で倒れこの世を去った。好きなゴルフを思いきりできないまま逝った夫を思うと、今、好きなことをやらなくては、と何かに急かされるように再び馬に乗り始めた。

ある時オーストラリアで急な斜面を駆け上がっている時、、落馬した。肋骨四本骨折、おまけに肺に穴があき、3週間オーストラリアで療養生活を余儀なくされた。外国で落馬、骨折、入院の知らせに娘はさぞかし心配した事だろう。当時還暦をとうにすぎた私に、これを期に馬を卒業したらと忠告する友もいた。娘にすまないと思いつつも、「馬に乗る事はやめて」と言わないのをいいことに私は相変わらず馬三昧を続けた。そしてモンゴルでまたしても落馬、鎖骨骨折。

そんな私に、ある日娘が誕生祝いに馬の彫刻を施した銀のペンダントをプレゼントしてくれた。骨折ををしても、周りに心配ををかけてもまだやめる気配のない私の馬狂いをハラハラしながらも、馬の話をする私の楽しそうな顔に、やめてという言葉を胸の奥にそっとしまったのだろう。ペンダントの馬は「好きな事はやればいいよ」と優しく微笑んでいる。私は馬の目をを見て思う。チャンバラが大好きなやんちゃ坊主が、大きなたんこぶや切り傷を作って帰るたび、黙って手当する母の姿を。やんちゃ坊主は私、優しい母は娘だ。なんということだ。私と娘は親子関係が逆転している。ペンダントの馬の顔がだんだん母の顔に見えてきた。

入選

母の真珠(西巣鴨りょう 様・東京都・32歳・男性・フリーランス・自営業)

ゲイの世界では、イミテーションのパールが流行る時期が、一定周期毎にやってくる。
ショップの鏡の前で三千円の安物パール風ネックレスを、黒いタートルネックに合わせて試着していると、ふと母の真珠の指輪を思い出した。

高価な宝石を好む母のジュエリーボックスの奥底にしまわれているそれを見つけたのは、小学生の頃。
他の物に比べるとずっと地味なそれは、しかしどのアクセサリーよりも大切そうに、ケースに入れて保管されていた。

その頃僕はまだ自分が男の子を好きであることや、キラキラした宝石が好きであることの意味を、よくはわかっていなかった。
ただ時々、母が留守の間にこっそりその夢の様なジュエリーボックスから拝借した指輪やネックレスをつけて遊ぶのが、好きだった。
そして僕の一番のお気に入りは、その地味な真珠の指輪だった。

ある日、いつものように真珠の指輪に見惚れていると、背後に母が立っていた。
罪悪感と恥ずかしさで泣きそうになった。
男の子が指輪をつけて喜んでいるなんておかしい、と言われると思った。

「それはね、お父さんとお母さんの結婚指輪なの」

しかし母は何食わぬ顔で僕のそばにきて、穏やかな声でそう言った。

「お父さんが初めて買ってくれた宝石」

そして僕の指から指輪をそっと取ると、自分の指にはめた。
綺麗だった。母も、指輪も。

「いつかあなたが大人になって、結婚したいと思う人が現れたら、あげる」

あれから長い月日が経って、僕はあの日の母の年齢に追いついた。
鏡に映る偽物のパールをつけた僕は、そこそこハンサムに見えた。
しかし、あの日の母と同じくらい綺麗だとは、思えなかった。

母さん。僕はきっとまだ、愛を知らない。
この国で僕のような男が結婚できる日が来るかも分からない。
だけど、もしもそれが叶ったのなら、男の人に、あなたの真珠の指輪をあげることを、許してくれますか。

入選

いつかあなたに手渡せる日まで(パールムーン 様・東京都・35歳・女性・会社員)

今年娘が7歳になる。

生まれる前からぼんやり思い浮かべていたのは、娘と私の誕生石を用いたジュエリーを記念に一つ買おうということ。

長女の誕生石はオパールかトルマリン、私のはパールかムーンストーン。けっこう地味やな、もっとパキッとした色の石が良かったなって思いながら、産後寝不足のなか自分でカスタマイズできるものを見つけたとき、すごく胸が高鳴ったことを良く覚えている。

選んだ2つの石を組み合わせてできた球の境目に、繊細で上品な金色のレースをつけて、ころんと可愛くて、角度が違うと見え方も変わる、ふわっとした色がきっと若くても歳を召しても良い感じにつけられる。本当自己満足やけど、これだ!と即決。
長女が産まれて、初めての育児に振り回され、最初の3ヶ月は3時間連続で眠れたことはなく辛かった。だけどふにゃふにゃの我が子を見て、可愛いという気持ちだけでは言い表せない幸せな気持ちになることもあって、そんなきゅんとした気持ちをぎゅっと固めたような可愛らしいジュエリーだった。

将来、長女が大きくなってプレゼントしたら受け取ってくれるやろか。ママと私のセンス違うしって押し返されることも十分あり得る。

勝手やけど、本当に勝手やけど、私はあなたが産まれたことが本当に嬉しくて、抱っこ紐にすっぽり収まって、まだか弱い声で泣くことだけが唯一のコミュニケーションだったあなたと一緒にお店に行って、石選んで、将来この子にあげるんですって話しながらこんなん買ってしまったよとは伝えたい。

いつかあなたに手渡して、どこにいても私はあなたの味方だよと言える日まで、大事に預からせてもらうね。

入選

トパーズ色の夜(清水 康夫 様・愛知県・63歳・男性・無職)

コピーライターをしていた頃、照明器具の会社から依頼を受け、「トパーズ色の夜」という、キャッチコピーを書いた。白熱電球の暖かな光を表現したものだった。我ながらいいコピーが書けたと思った。クライアント様も満足してくれたので、そのまま広告出稿した。

しばらくして、トパーズは、無色、水色、黄色、オレンジなど、さまざまな色の宝石である事を知った。ガーン!小生は、トパーズは黄色の宝石だけだと思い込んでいた。事前の調べを怠った。すべては小生の責任。

広告が出稿されてからは、いつクレームが来るか、ドキドキの毎日。クライアントに報告しようと思ったが、さすがに、その勇気が出なかった。結果的にウソをついたことになる。

そうこうしているうちに日々は流れた。クレームは、全然来なかった。ほっとした反面、少々、がっかりした。小生の書いたコピーは、消費者に全然伝わっていなかったということである。都合よく考えれば、世間一般の人は、「トパーズは黄色」と思っている人が多いということだが、どっちが正しいのか、わからない。

小生は11月生まれである。誕生石は、皮肉にもトパーズ。己の誕生石の色も知らないくせに調子こいて、と自戒の意味を含めて、自分へのバースディプレゼントとしてトパーズを買った。さすがに指輪の類は無理なので、トパーズをあしらったネクタイピンを選んだ。薄給の小生でも買える価格であった。

それまでは ネクタイピンなどつけなかったくせに、せっかく買ったのだからと思うとつけたいものである。それから、毎日ネクタイピンをつけて会社に行った。

ある日、不覚にも、そのネクタイピンをつけて、先の照明器具の会社を訪問した。
「素敵なネクタイピンですね」先方の担当者から、声をかけられた。ドキッとした。
「それ、宝石ですか」冷や汗が流れた。
「いえ、イミテーションですよ」小生は、また、ウソをついた。

入選

奇跡の指輪物語(後藤純子 様・岩手県・54歳・女性・公務員)

雪降る日の夕方。仕事を終えて駐車場に急ぎ、車のエンジンをかけた。辺りは真っ白の雪景色で、車にも10cm以上雪が積もっている。私は後部座席からスノーブラシを引っ張り出した。その瞬間、チャリーン!小銭の落ちるような音がした。だが財布は口を閉じたまま、カバンの底に収まっている。古くてガタつくスノーブラシから、金具が外れたかな。私は深く考えず、車の雪を払い落として早々に乗り込んだ。
帰宅してから気が付いた。左手薬指の指輪がない!あのときの「チャリーン」は、結婚指輪だ!夫に事情を話し、一緒に車内を捜したが見当たらない。そうなると、落ちたのはやはり車の外、職場の駐車場に違いない。明日は早く家を出て捜そう。
翌朝出勤して、唖然とした。駐車場に除雪機が入ったのだ。昨日車を止めた場所も、きれいさっぱり何もない。おそらく私の指輪は雪と一緒に集められ、この小高い雪の山のどれかに埋まっている。朝からがっくり力が抜けた。
あの指輪は、結婚前の夫と二人で貴金属店を巡り、3件目に見つけた。少し幅広で、落ち着いたシルバー光沢のデザインを気に入ったのは、私より夫の方だ。夫は決して私を責めないが、私は内心申し訳なく思った。職場の人からは、田植え中に結婚指輪をなくした話を聞いた。さすがに田んぼの中は捜せないので、奥さんに内緒で同じ指輪を買ったという。その心境、今の私には理解できる。
そのうち暖かい日が続き、雪山が解けてきた。雪の下からのぞいた黒いアスファルトに、春の日差しを受けてキラリと何か光った。指輪だ!内側に、結婚記念日と私達のイニシャルを彫ってあるから間違いない。ああ指輪よ、2ヶ月ぶりの再会だ。良く戻ってきたね!私は再び薬指にはめて、夫に吉報のメールを送った。
不思議なことに、指輪は「二度と落ちるもんか!」とばかり指に食い込み、その後は外れにくくなった。この指輪には意思があるのか?それとも私の指が太くなっただけ? 

入選

母の気持ち(うめゆみ 様・東京都・69歳・女性・無職)

当時、十九歳だった私は、新しい紺のベルベットのワンピースに、どうしても母の真珠のネックレスを着けて、学生主催のダンスパーティーに行きたかった。本物はまだ早いと反対されそうなので、そっと母の箪笥から持ち出した。あまり使っていないのでばれないと考えた。
会場では皆に素敵だと言われて有頂天だった。ところが何に引っ掛けたのか、糸が切れ、真珠は散らばっていった。私は焦って拾った。友人たちも一緒に集めてくれたが、最悪の気分になった。
家に帰り、真珠を並べてみると、何個か足りない気がする。紐でサイズを測り、それを首に巻いてみた。やっぱり足りない、留め金の部分を入れてもかなり短い。どうしよう、アルバイトをして、足りない数を買って直してもらおうか、でもどのくらいの値段がするのだろう。
何も手につかない数日を過ごした。苦しくなり、覚悟を決めて母に謝った。
「ごめんなさい、勝手に持ち出して。これ、こんなになっちゃったの」
ビニール袋に入れ、無残な形のネックレスを、頭を下げて差し出した。意外な言葉が返ってきた。
「ずうっと使っていなかったから糸が傷んでいたのね、仕方がないわ」
あっさりと許してくれた。
二十歳の誕生日の夕方、学校から帰ってくると、机に手紙と紙包みが乗っている。手紙には、『誕生日おめでとう。あなたが大人になったらあげようと思っていました。今日は残業で遅くなるの、お祝いしてあげられなくてごめんなさい。日曜日にお祝いしようね』
包みを開けると、赤い箱にきれいに直ったネックレスが入っていた。嬉しかったけれど、悲しくもなった。何一つ贅沢をしない母の唯一の宝石だったのに、私が奪ってしまう。  
母に気持ちを伝えて返そうとすると、「次はあなたが大切な人に渡せばいいのよ、あっ、糸は変えてね」と微笑んだ。
真珠のネックレスを見ると、今も母の言葉が懐かしくよみがえる。今年は糸を変えてみようかと思う。