宝石エッセイ入選作品 2019年3月末締切り分

★★★ 2019年03月末締切り分 ★★★
宝石エッセイ募集の入選作品を発表します

いつもたくさんのご応募、誠にありがとうございます。

今回のエッセイは当店で4回目に行ったものでしたが、この度もたくさんのエピソードをご応募いただきました。

一つ一つを改めて拝読いたしますと、私たちの人生の歩みの中に、いかに宝石やジュエリーが深く寄り添っているかということをしみじみと考えさせられ、時に共感し、時に感銘を受け、時に幸せな時間を共有させていただきました。

この度もたくさんご寄稿いただいた作品の中から最優秀賞、優秀賞、入選の作品を選ばせていただくというのは大変難しく、関係者一同大変悩みました。

そうした中から、選出させていただきました作品をここに発表させていただきます。

◆総評

最優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「偉大なる母」は、800字という限られた文字数の中で、ご寄稿者の方とそのお母様の宝石との歩みがとてもよく伝わって参りました。宝石はあくまでファッションの一部。でも、このお二方の中では折に触れて「ピアス」というジュエリーアイテムが思い出を繋ぎ、お二人の人生を見守っているかのように感じられました。「まさに、今、このときに」とお母様がプレゼントされた、ご自身のピアスと同じ宝石であるパライバトルマリンの指輪を受け取ったときの、ご寄稿者様の感動や心の震えが伝わってくるようです。宝石を通じて「心が通い合っている」ということを再確認されたエピソード、とても素敵な思い出だと感じました。

優秀賞に選ばせていただいたご応募作品「星のお守り」は、こういったタイミングでのジュエリーとの出会いもあるのだなと、あっという間にエピソードの中に引き込まれました。いつもと違うご自身の状況と心境だからこそ目に留まったのであろう、いつもと違うジュエリー。居心地の悪そうなそのリングに、「だんだん馴染んでいくものですよ」という店員さんの言葉と、今まさに立たされている苦境を乗り越えたいというご寄稿者様の強い気持ちがシンクロしたようで、まさに「運命の出会い」だと感じました。そしてその苦難を乗り越えられたこと、そして今現在もその指輪が心強いパートナーであり続けていることに、感動いたしました。

今回は、上記の他に入選作品を7作品選ばせていただきました。

毎度のことではございますが、ご寄稿いただいたすべてのエピソードがそれぞれに考えさせられるところ、心動かされるところ、気持ちがほんわかと暖かくなるところなど様々にございまして、選出関係者一同、本当に悩むところが多くございました。お寄せいただいたすべてのエピソードから感じられたことは、「宝石」や「ジュエリー」というものはただの無機質な物体ではなく、時に雄弁に私たちの気持ちを代弁してくれ、時に暖かく寄り添ってくれ、時に気持ちを鼓舞してくれ、そして時に私たちを華やかに彩ってくれる、なんだか私たちのいつも身近にいてくれる親友のような、そんな親しみのある存在なのだと改めて実感いたしました。「宝石」や「ジュエリー」という言葉を聞くと、なんだかキラキラとしていて遠い世界のもののような感じがしますが、一番私たちの身近にいて、むしろ肌の上で私たちと共に人生を歩んでいる心強いパートナーなのだと、改めて強く感じさせていただけるエピソードでした。
この度も数多くのご応募、誠にありがとうございました。

みなさまの大切な思い出をたくさんお寄せいただきましたこと、心から感謝いたします。
選出できなかった方たちのエピソードも、それぞれ優劣付けがたく、その中で上記の賞を設けましたこと、どうかご容赦ください。

当店では今後もこうした募集をおこなってゆきたいと考えております。
次回募集の詳細は下記のページに掲載させて頂きます。

https://www.favorite-stone.jp/compe/

今後も皆様の宝石やジュエリーに対する想いや思い出に触れられますことを、楽しみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします。

フェイバリットストーン 店長 内山美緒

入選作品

最優秀賞

偉大なる母 (もとずみ じゅん子 様・広島県・34歳・女性・主婦)

「ピアスの穴を開けたいから、やってくれる病院を教えて」

50歳になる母から突然連絡を受けたのは私が20歳の時だった。弟が大学に入学し学費にめどが立ったので、その記念にピアスを開けたいのだという。宝石好きだが、耳たぶが小さくイヤリングができない母は、ピアスの穴を開けたら色々とピアスが欲しくなると思って我慢していたらしい。病院を教えると、とりあえず3つ、好きな石のピアスを買う!と声を弾ませていた。

25歳の時、私の結婚が決まった。

両家顔合わせの食事会が終わり、夜道を母と並んで歩いていた。ふと母の横顔を見ると、髪の隙間からきれいなネオンブルーのピアスがちらりと見えた。
「きれいな色の石だね。なんていう名前なの?」
と言うと、母は「パライバトルマリン」という宝石だと教えてくれた。

母がつけていたパライバトルマリンは2ミリ程度の大きさで、石以外の装飾は無いシンプルなものだった。

しかし、遠目からでもわかるほどにその石は強い存在感を放っていた。

「きれいな色でしょ。へそくりで奮発しちゃった」

と母は嬉しそうに微笑んでいた。

27歳の時、私は出産のために里帰りをした。

出産予定日が近づいた頃、母が「あなたにと思って用意したの」と小さな包みを渡してきた。

開けてみると、パライバトルマリンの指輪だった。
「赤ちゃんが生まれたら、あなたはもったいないと思って、自分に宝石なんて買わなくなると思う。私もそうだったから。あなた、この宝石好きでしょ?だから、母になる前の最後の贅沢」

母はそう言って「お父さんには内緒ね」と微笑んだ。

実は私は、母のピアスを見てから、パライバトルマリンがとても気になっていた。欲しいな、と思って色々と調べていたが、価格が高く躊躇っているうちに妊娠がわかり、これからはお金もかかるし…と購入することをすっかり諦めていた。

いやはや、お母さん、すべてお見通しでしたか。参りました。

ありがとう。指輪、大切にするね。

優秀賞

星のお守り(丸うさぎ 様・東京都・52歳・女性・主婦)

どうしよう

10年程前の事、手術が必要の診断に私は途方にくれてしまいました。

まだ小学生の男の子が二人と家の中の事は何もしない夫。

病気はもちろん、入院中の家族の生活が心配でまっすぐ帰る気がしませんでした。

乗り換え駅で何となくウィンドウショッピング。

ショーケースの中のきらびやかなジュエリーを眺めていました。

手が小さく背も低い私がそれまで身に着けていたジュエリーは、きゃしゃでハートや花といったかわいらしいモチーフのものばかり。

ところがその時目が離せなくなった指輪はまったく違うタイプでした。

全周7ミリ程の幅があり、どっしりとしていて重さ8グラム。ホワイトゴールド製で幸運を意味するフランス語が刻まれていました。上下がレール状になっていてイエローゴールドの星が動く凝ったつくり。星の中心には小さなダイヤモンドが。

力強くてごつい感じになぜか心引かれものがありました。

試着させていただくと案の定、指の上で居心地悪そうな様子。

「ジュエリーは身に着けているうちにだんだん馴染んでいくものですよ」

お店の方のアドバイスに背中を押され、不相応な高額商品を即決してしまいました。

そして一緒に入院。

不安な気持ちになると星を動かしてキラキラさせたり、カタカタ音をさせたり。

幸運なんだから大丈夫と自分に言い聞かせていました。

そのおかげか手術は無事に終わり、少し早めに退院できました。

家の中はぐちゃぐちゃでしたが、夫も子ども達も

「ごはん作ったよ。楽しかったよ」

と思いの外元気な様子。

あの指輪は今では当たり前のような顔で結婚指輪と一緒に並んでいます。
大切な私のお守りです。

 

入選

50年前の贈呈式(星野 瞬 様・大阪府・76歳・男性・無職)

社会人になって2年目に、私はもう生涯の伴侶としたい女性と巡り合ってしまった。彼女も真剣に私との結婚を考えてくれた。だが、世の中は自分たちの思い通りに回ってくれるわけもなく、彼女の家族の中に障碍のある弟がいることが私たちの結婚を妨げる要因として立ちふさがった。しかしどんなにハンデがあっても、二人で乗り越えて行くと、固い決心を示したことでようやく両方の家族からも結婚の許しを得ることができた。だが、その直後に、無情にも私に名古屋へ転勤の辞令が出た。私と彼女は遠距離交際の形になってしまった。私が未知の土地に赴任することはサラリーマンである以上当然だったが、これまで毎日のように顔を合わせ言葉を交わしていた彼女と3か月に一度くらいしか逢えなくなったのは寂しい限りだった。当時は携帯電話などなく、公衆電話を使って硬貨を握りしめて短い会話を交わすのがせめてもの慰めだった。私も彼女もまだ給料は低く、市外電話の通話料は若い二人にとって馬鹿にならない額だったのである。

電話する度に、私には彼女の寂しさが痛いほど伝わって来た。いつも自分がそばにいることを感じてもらうにはどうすればよいのか。私は指輪を贈ることを思いついた。

先輩に相談すると、給料の1年分くらいの物を贈るのが一般的だと教えられた。

薄給の私にはまだそれだけの貯蓄がなく、やむを得ず半年分くらいで買えるものを探した。店員も事情を察して、一緒になって予算に合うものを探してくれた。そしてやっと、小さなルビーの粒が5個並んだかわいいデザインの指輪が見つかったのだ。

私と彼女は、名古屋と大阪の中間にある青山高原駅で待ち合わせ、緑に囲まれた丘の上でその指輪はほっそりした彼女の指におさまった。別れて大阪に帰る途中、彼女はずっとその指輪をかざして眺めていたそうだ。あれから50年。
思い出の指輪は今も古希を迎えた妻の細い指で可愛い光を放っている。

 

入選

エメラルドの心 (森 良子 様・愛知県・74歳・女性・無職)

母が倒れたという電話が兄嫁からあり、とるものもとりあえず病院に駆け付けた。集中治療室と聞いて覚悟を決めたが、しばらくして順調に回復し一般病棟に移ることができた。一か月もすると日常生活もできるようになり、退院も間近と思われた。

見舞いに行った日、病室でとりとめのない話の後、母がエメラルドのペンダントを取り出した。病院で見る宝石になんとなく違和感があったが、手に取って見た。エメラルドといっても米粒を二つ重ねた程度のごく小さなものだ。
「お前に、あげようと思ってね」

あまりに唐突で何と言っていいかわからず「ありがとう」も言えなかった。私はその頃教師として働いていたのでオパールなどもっと高価なしゃれたデザインの物をもっている。正直言ってもらってもあまり身につけることはないと思った。

「私は 持っているから いいよ。退院してから 母ちゃんがつければ」

そういったが強く勧められもらうことにした。今思う。母の心に気づかず宝石の価値を値段だけで決めていた私は、何と愚かだったろう。母はもう長く生きられないと覚悟を決め、娘に形見としていつまでも持ってもらいたかったのだ。

中学校の時私がピアノを習いたいと言えばピアノを買い、大学で音楽を勉強したいと言えば行かせてくれた。町工場の鋳物工の給料で、私の願いを叶えるためにどれ程苦労しただろうか。このペンダントは末っ子の私が結婚して、ようやくささやかなおしゃれを楽しむことができるようになった頃、買ったものらしい。

それから半年後、母はあの世に旅立った。今私の胸を飾るエメラルドのペンダントはつつましく生きた母の心そのままに美しく輝いている。密やかな深い緑の煌めきをじっとみつめていたら、いつのまにか涙でにじんだ。

入選

春の海とダイヤモンド(まりさ 様・神奈川県・26歳・女性・会社員)

春の匂いがする銀座の街。

宝石店の前で立ち止まった私は、食い入るようにショーケースで光りを放つダイヤモンドを見つめた。

自分の人生の中で宝石を買ったことは一度もないし、購入を決心するほど欲しいと思ったこともない。だがそんな私が、目の前のダイヤモンドから目が離せなくなっていた。頭の中に浮かぶのは、今年還暦を迎える母の言葉だった。

「お父さんと若い頃、春の鎌倉へ出かけた時、プレゼントしてもらった指輪を海で落としてしまったことがあってね、それがダイヤモンドの指輪だったのよ。それから大好きな海に行ってもいつもそのことを思い出して落ち込んでしまうわ。」今は亡き父のいる空へ遠く目線を向ける、寂しげな母の表情が浮かんだ。その日、母の枕元にそっと、赤いリボンのついた箱と小さなメッセージを置いた。
「次は無くさないように。 あなたの夫より」

 

入選

桜の婚約指輪(カホ 様・兵庫県・23歳・女性・主婦)

去年のクリスマスイヴに、3年半付き合っていた彼にプロポーズされた。いつか結婚したいねとお互いに言っていたので覚悟はあったけれど、まさかこんないかにもな日にはないだろうと油断していたところに一発ガツンと入れられた。当然断るわけもなく、彼はすんなりと婚約者になった。私、もうそんな歳になったのか、とプロポーズされて数日経っても、まだ大人になった自分を実感できないでいた。ついこないだまで学生だった筈なのに、恋人にプロポーズされたりして、もう自分達の意思だけで新しい家庭を築いてもいいなんて。勿論そんな戸惑いよりも嬉しいという気持ちの方が上回ってはいるけれど、なんだか少し自信がなかった。

気分が上がりきらないまま、彼が選んでくれたという婚約指輪を2人で受け取りに行った。私が大好きな桜がモチーフの指輪だった。桜の咲く時期に生まれたからか、桜には人よりも数倍思い入れがある。この20数年間の人生で耐え切れないほどに辛いことは多々あったけれど、その度に春を待ち、ようやく咲いた桜に励まされて頑張ってきた。人生で1つしかない婚約指輪がその桜だなんて、と涙が出るくらい嬉しかった。花の中央にはダイヤがきらめいている。私には勿体ないくらいの透明度と、周囲の光を吸収しこれでもかというほどに放つその輝きに、これ以上の宝石に出会えることは今後ないんだろうなとなぜか思った。少し恥ずかしいけれど、スタッフの方の目の前で彼に指輪をはめてもらった。今まで一度も指輪を通したことのない左手の薬指にひんやりと金属が触れる感覚と、照れ臭そうに笑う彼に、大人になった自分をわずかに感じた。この愛の証の指輪とこんなにも素敵な彼がいるのに戸惑っている場合なんかじゃない、と覚悟が決まった。
もうすぐ4月。私と彼と桜のダイヤに、待ちに待った春がやってくる。1年のうち数日だけ咲く桜も素敵だけれど、薬指に永遠に咲く桜も堪らなく愛しい。

入選

母は、ただいま成長中 (どんくるみ 様・神奈川県・52歳・女性・会社員)

七十六歳になる母は、最近、綺麗になったと言われるそうだ。「人生、吹っ切れたからかしら」と笑うが、私は指元に輝くオパールのおかげだと思っている。母はその指輪をしてから積極的になり、交友関係を広げている。

父親が三歳のときに亡くなり苦労して育ち、結婚後は病弱の夫を支えながら家庭を切り盛りしてきた母、パートの仕事を掛け持ち、家事もしながらいつも働いていた。私は母がお洒落をして出かける姿をほとんど見たことがない。

そんな母が昨年、突然、オパールの指輪をはめた。聞けば、それは若い頃に父から贈られたものだと言う。
「お金のないときでね、なんでこんなの買ったのよ!って、怒鳴っちゃった」

原爆病を患っていた父が入退院を繰り返し、母が必死になって働いていた頃のこと。おそらく父は父なりに母に申し訳ない気持ちでいたのだろう。父は「宝石は人を育ててくれる。綺麗な君でいてほしい」と言ったそうだ。しかし、生活に追われていた母にとって、その言葉は素直に聞けるものではなかったようだ。指輪はやるせなさの象徴になってしまったのだろう。意地でつけないまま年月が経ってしまったと話す。一度もつけなかったのかと聞くと首を横に振る。
「はめみたことはあるのよ。でも、もったいなくてね。すぐに外したわ」

ガサガサの手が目立ってかえって貧相な気がしたと言う。以来、指輪のことは忘れていたそうだが、断捨離をしていて出てきたとき、ふと、はめたくなったそうだ。
「もう先は長くないのだから、つけないとそれこそもったいないじゃない」

明るく笑って指輪を宙にかざす。
「ただいま成長中」

そう笑う顔も指輪に負けず輝いている。父が見たらどんなに喜んだことだろう。

母はいま、宝石に育てられている。きっと、まだまだ長生きするに違いない。

入選

私と宝石のこれから(ニシナ ビジュ 様・大阪府・23歳・女性・パート・アルバイト)

このエッセイのテーマは、『宝石』。
しかし、私の記憶の中に宝石に関する思い出はない。
つまり、私には何も書けない。

いや、たった一つだけあるかもしれない。
宝石に触れた経験のない私が書けること。
それは、未来のこと。
これからの人生、私はどのようにして宝石と出会うのかを考えてみよう。

初めに浮かぶのは、やはり結婚指輪。
プロポーズは夜景の綺麗な海沿いで。
「結婚しよう。」の言葉と共に、リングケースが開かれる。
そこには月の光に反射してキラリと輝く宝石が。
彼が、私のことを想いながら選んでくれた世界でたった一つの指輪。
幸せだ。とても、幸せじゃないか。

次に浮かぶのは、母への贈り物。
小ぶりのダイヤモンドが光るネックレスは、
シンプルイズザベストな母にはぴったりではないだろうか。
プレゼントしたら、どれだけ喜んでくれるだろう。
幸せだ。とても、幸せじゃないか。

さて。
このように宝石と何ら関わりのない私が
必死に想像力を働かせて『宝石をテーマとしたエッセイ』を書いてみたところ、
私は、ある一つの結論にたどり着くことができた。

それは、
「宝石は幸せの場にしか存在しない。」ということ。

ありがとうの気持ちや、これからもよろしくの想いを乗せて。
あるいは、頑張った自分へのご褒美として。
宝石は誰かの元へ届けられる。

宝石は幸せの象徴。
ジュエリーショップは、たくさんの幸せを取り扱っているお店なのだ。

・・・なんだか、宝石を贈りたくなってきたし、
プレゼントされたくもなってきた。
しかし、悲しい事に結婚の予定は当面ない。

とりあえず、今から私は宝石について調べてみよう。
宝石の種類から、カラットという専門用語まで。

そして、母に似合いそうなネックレスを頭の中で描いて。
未だ入ったことのないジュエリーショップへと、足を踏み入れてみよう。

入選

誕生石の砂時計(くーまま 様・富山県・41歳・女性・教職員)

妹の結婚祝いに、砂時計を贈ろうと思った。

妹は片道7時間の遠方に嫁ぐ。

母はもちろん、姉の私も、「妹のためなら何でもしてあげたい」という気持ちにかられていたのだ。

そこで、老舗の硝子店に、特注で砂時計を作ってもらう相談を持ち掛けた。

普通の砂時計ではない。白い砂の中に、家族全員の誕生石を入れるのだ。

近所の宝石店に、5種類の小さな小さな宝石を10粒ずつ用意してもらった。ルビーにエメラルド、アメシスト、ラピスラズリ、ガーネット。

白い砂とともに宝石が見え隠れする。

「何かあったら帰っておいで」

「私たちはいつでも、いつまでも、あなたの味方だよ」

「どうかどうか、体だけは大切に」

そんな無言のメッセージを込めて。

今も大切に飾ってくれているだろうか。

宝石たち、どうか、妹と、その家族を、いつまでも見守ってくれますように。